操体レクリエーション の 操体ブログ

東京メトロ千代田線 根津から徒歩5分。「操体法」専門の施術院。身心のことから単なる趣味まで、なんでも書きます。http://www.sotai-recreation.com

「気持ちがいい」=「体にいい」

腰痛でお困りの複数のお客様から、しばしば同じことをうかがいます。

「整形外科や整体の先生から、『腰痛なら、うつぶせで寝たらダメ』といわれまして、もう何年もうつぶせで寝ていません」

ん?
なんじゃそりゃ?
なんで腰痛だとうつぶせで寝てはいけないのだろう?
わけがわからん。

で、操体法の定番の「カエル」の姿をしていただきます。
「カエル」とは、うつぶせで寝て、片脚の膝を曲げて、ちょいと横へ出す姿のことです。
右脚か左脚、どちらか楽な膝を曲げていただきます。

「その姿、気持ちよくないですか?」
と尋ねると、

「あ〜、なんか気持ちいいです」
どのお客様もおっしゃいます。

その姿で2〜3分いるだけで、その場で腰の違和感が軽減することもあります。

「ぜひお家でそのカエルの姿をしてください」
とお伝えします。

数日後、再びいらっしゃったときに、お客様が、
「あのカエルのポーズで寝ると、ほんとに気持ちいいです」
とおっしゃいます。

腰痛もよくなっています。



「気持ちがいい」

ということは、

「体にいい」

ということです。

「気持ちがいい」=「体にいい」

これは間違いありません。

どうかどうか、誰かの言葉よりも、
ご自身の体の感覚、気持ちよさを信じてください。



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対策よりも「対応力」を

何か困ったことが起きたときに、
「対策を打ちます」とか、
「対応します」とか言うわけですが、

「対策」と
「対応」では、
中身がずいぶん違う気がします。

「対策」というのは名詞で、
「ある特定の何か」です。
しかも「策」なので、
それは頭で考えられたものです。
つまり、「対策を打つ」とは、
頭で考え、ある特定の判断を下したり、
あるルールを設定する、といったものです。
「対策」とは、
その特定の状況のために考えられたものであり、
だから状況が変化したら、もうその策を使うことはできません。
「対策」の効果は1回こっきりです。

例えば、
会社で不祥事が起きたら、管理監督のルールを増やす。それは「対策」です。
しかし、監視の目を増やしても、根本の原因が手付かずなら、必ずまた同じことがくり返されます。

あるいは、「膝が痛くなったから、膝に注射を打つ」
というのは、お医者さんが考える「対策」です。
薬の効果が切れたら、また痛み出します。



一方、「対応」は動詞で、
すぐに行動が始まります。
頭で考えるのではなく、体が反「応」して動き始める、という感じです。
その動きの中身は、その時々の状況に「応」じて様々です。
「対応」は、状況に応じて多種多様で、柔軟に変化します。

操体は、「対応」の世界です。
例えば、
膝に違和感が出たら、とりあえず一人操体をします。
いくつかの一人操体を試してみて、その時の体の状態を感じている間に、バランスがととのい、違和感が減っていきます。
肩に違和感が出ても、腰に痛みが出ても、同じです。
一人操体には決まった型があるわけではなく、
また、「肩にはこれ」「腰にはあれ」といったものでもなく、
ぐにゃ〜っと気持ちよく動きながら、全身のバランスをととのえるものです。
なので、一人操体は、体のどこに、何が起きても有効です。
まさに、状況に応じて多種多様で、柔軟に変化するものです。

いや、むしろ、操体の感覚が身についてくると、
常に操体をしていることになります。
伸びや、ちょっとした足の動き、腕の動きで、
常に体をととのえるようになります。
生活のすべてが操体になります。
だから歪みにくい、淀みにくい体になり、
歪んでもすぐにととのえられる体になります。

操体は、いちど覚えれば、一生ずっと使えます。
どんな症状が出た場合にも使えます。

「対策」を探し、「対策」に頼るよりも、
「対応力」をつける方が、
いつ、どんな状況にも、自分で対応することができて、便利です。



私がいつもお客様に一人操体のやり方をご紹介し、
「ご自分のペースで気長に続けてください。続けるのと、続けないのでは、まったく違ってきますから」
とお伝えしているのは、上記のような理由からです。

操体を続ければ、
一時しのぎの注射や薬といった「対策」(いわゆる対症療法)に、なるべく頼らないで済む体になっていきます。
「対応力」がつくのです。

どうか、どうか、一人操体を続けてくださいませ。








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気持ちのいい一年になりますように!

新年あけましておめでとうございます。
皆様にとりまして、気持ちのいい一年になりますように!









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ふたご座流星群

いや〜、ふたご座流星群、昨夜、見ましたよ〜。

0時半くらいに、「まだ雲あるかな?」と窓をあけ、「おっ、晴れたな」と何気なく夜空を見ていると、キラッっと星が流れました。あんなに大きい流れ星は初めて見ました。白く燃えていました。今も、まぶたの裏に焼きついています。

その後、ベランダにカーボンヒーターを引っ張り出し、体を温めながら、小さいのを2〜3個見ることができました。

しかし、雲を見ているだけで、いいもんですね。
ゆっくり流れていく雲を見ているだけで、しみじみと、嬉しい気持ちになってきました。

なんでだろう?

体を流れる時間の速度が、自然な速度に近くなるからでしょうか。
普段はどうしても時計の速度で生きてしまいがちですからね。

これからは雲を見る時間をつくろう、と思いました。







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気持ちよければ

私は今、某温泉の湯の花を入れたお湯で、足湯をしながらこれを書いています。

あ〜、気持ちいい〜。

5分ほどで、首から上もぽかぽかして、視界がパキっと見えやすくなりました。

私のホームページにも書いておりますが、ほんとうに、

「気持ちよければ、それが操体」。

操体を続けていくということは、ポーズや動きをあれこれ続けていくということより、むしろ、
「気持ちよければそれがいいことなんだ」という考えが生活全体へと浸潤していき、
「気持ちのいい時間」が増えていくことなのだと思います。

しかし、それが、なかなか難しい。
頑張りすぎたり、ジタバタしたりしてしまいますもので・・・。

私などより、お客様の方がよっぽど気持ちよさそう〜に、自然の流れにゆだねて生きていらっしゃったりして、
お客様の方が真の意味で操体の先輩だったりします。








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自分ツッコミ力

「自分ツッコミ力」というようなものが大事だと思うのです。
「俺はこんなに力んで何やってんだ?」とか、
「あたしはこんな自信たっぷりに何いってんだか?」とか、
「こんなこと言ってるけど、ほんとにええんかい?」みたいな、
自分にツッコミを入れる力って、大事だと思います。

誰かが自信たっぷりに、声を大にして言っているならば、それはまず疑ってかかるべきでしょう。自分が見えていない人に、大事な何かが見えていることなどないと思います。

そういう目でこのブログを見直してみると、ちょっと力が入りすぎている時がありますね。
お恥ずかしい。

「何かが分かっているつもり」になっているということは、とても恐ろしいことで、恥ずかしいことで、それは慎重に避けていきたいと思っています。

まあそんな意味で、私は、上から目線ならぬ、

「下から目線の操体法」

を心がけようと思っています。

世界は下から眺める方が真の姿が見えるもの。
逡巡や戸惑い、後退の中にこそ人の情は宿るもの。

ではございませんか。





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とある秘湯で

先日、とある地方の山中の、いやゆる秘湯の温泉に浸かりに行った。
岩を運んできてその秘湯をつくったというおじいさんと、湯の中で話していると、「右膝が痛い」とおっしゃった。
その前に、「おにっちゃん、どこから来たん?」「東京でなにしとう?」と聞かれていたので、操体をしているということは話していた。

なので、岩場に上がって、仰向けに寝て、椅子に足を乗せる一人操体を実演して、「これをやると楽になるかもしれません」とお伝えすると、おじいさんも岩場に上がり、寝て、同じようになさった。

そして、
「あ〜、これ、気持ちええがな〜」
と、いかにも気持ちよさそうにおっしゃった。

この気持ちよさ分かってくれるんですね!と僕は嬉しくなった。
(このおじいさんには、「操体は気持ちのいい動きをする」というような話はまったくしていなかった。)

次は、湯の中に戻り、湯に体を浮かせ、全身がが浮いたまま、流れるままにするというのを、一緒にやった。
(体が水に浮いて重力から解放されるだけで、気持ちのいい一人操体です。)

このときも、おじいさんは、
「お〜、気持ちええがなあ〜」
と、にこにこしていらっしゃった。

おじいさんの体は、とても引きしまった、使い込まれた、いい体をしていた。

普段から生活のなかで体を使っている人ほど、操体の気持ちよさ、快適感覚に対して体が素直で鋭敏なんだな〜、と改めて思いました。





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秋のおでかけ

少し前の日曜日、高尾山へ紅葉を褒めに行ってきました〜。
お客様から「すごい人ですよ〜」と言われていたのですが、
いや〜、高尾山口駅から人、人、人、人、人。駅の階段から人が溢れ、新宿駅のホームのようでした。
高尾山にのぼっても、メインの1号路は人、人、人、人、人。

なので、人気の少ない散策路を見つけ、その細道をのぼっていくと、別世界。小川のせせらぎ。鳥のさえずり。そして木々の間から遠くに燃える紅葉。
いや〜、美しかったです。
空気よかったです。

帰りも人気のない散策路でふもとまで。
いや〜、山の土、木の匂い、自然の音から、力をもらいました。

昔登ったヒマラヤが懐かしくなり、
トレッカー・スピリットに火を灯されました〜。

一緒に行ったお友達はみんな後日、「筋肉痛になった」と言っていましたが、私はなんともなく。
これも一人操体のおかげ!?



さてさて、別の日曜日の夜は、上野公園の中にある韻松亭という料理屋さんで、祝いの食事をしてきました。

事前に、個室と懐石コースを予約。

建物は、大正時代を思わせるような古い趣ある日本家屋。
ちょうどよい狭さで居心地いい個室の窓からは、小さな庭と、はらはらと落ちてくる紅葉の景色。

お料理も繊細でよかった。
豆腐!おまえはすごいよ!
豆腐!いろんな表情を持つ君は役者だよ!
いや〜、豆腐はこんなに美味いものかと、あらためて感動しました。
やはり私は、繊細な味付けの和食が何より好きです。

2時間、趣ある空間と美味しい食事を満喫。
小旅行したような気分を味わいました。

韻松亭、お薦めですよ〜。








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小池さん

昨日、マクドナルドにコーヒーを買いに入ったら、レジの店員さんが、白人の外人さんだった。けれども、胸の名札には、思いっきり「小池」と書いてある。もう一度、顔を見たけど、思いっきり白人の外人さんで、けれど名札は「小池」と思いっきり日本の名前。そのギャップが僕のツボに入って、ニヤニヤしてしまった。

順番が来て、僕は「ホットコーヒー」と言ったのだが、「小池」さんは聞き取れなかったようで、外国人のあの独特の聞き返し方で、「ハア!?」(Ha-a?)と聞き返してきた。そこで僕はまたウケてしまった。

「ホットコーヒー」と今度はもっと大きな声で言うと、「小池」さんは軽くうなずきながら「アーハッ」(A-ha.)とまた外国人の返事をした。

面白かった。






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体は自然。自然にゆだねる。それが操体。

「人」というのは、まずは、「からだ」だ。
体がなければ、その人はいない。

しかし、現実には、「人」といえば、社会における位置づけである。つまり、肩書とかポジションである。
その人の体は、忘れられている。
あるいは、体は、タブーにされている。

例えば、それは、他人をイメージしたり描写したりするときに、露わになる。
よくあるこんなセリフ。
「え〜! マオちゃん彼氏できたの〜!! 彼氏、何してる人???」
「鈴木! 結婚したんだってな! 奥さん何してる人???」
恋人ができたとか、結婚したとかいう会話では、かならず最初に誰かが「何してる人?」と質問する。

「何してる人?」とは、つまり、その人の職業であり、肩書である。職業なり肩書を聞くことで、その人を世間のあるポジションに位置付けて、納得する。
「ふつうの会社員だよ」とか、「SEだよ」とか、「専業主婦だよ」とか。
ひどい場合は、「トヨタだよ」とか、社名がその人だったりする。

世間におけるポジションがその人なのであって、その人の体は置き去りにされている。
人は、まずは体であり、体あっての人なのに。

(だから、日本では「人の間」と書いて、「人間」と言い、「人」よりも「人間」という言葉をよく使う。中国では、人間とは今でも「世間」の意味なのだそうだ。)

では、「彼氏、何してる人?」の他には、どんな聞き方があるだろう。
「彼氏、どんな人?」という聞き方が考えられるが、その人の性格や雰囲気がどういうものかを描写するのは難しい。だから、多くの場合、「どんな人?」とは尋ねない。

しかし、「どんな人?」と聞かれたら、その人の体を簡単に描写すればいいのではないか。
実際には、知らない人をイメージしたり描写したりするには、その人の体をさらっと説明するのが、いちばん分かりやすい。

しかし、会話の中で、人が、その人の体で描写されることは、めったにない。
「超イケメンだよ」とか、「すっげー美人」という以外の描写は、タブーとされている。
「ん? 俺の奥さん? ちょっとポチャッとしてて……」とか、「え? 彼氏? 身長は私と同じくらいだから低めで〜、けっこう毛深くて〜」とか、「フツーだよ、フツー」とか、その人の体を描写したら、たいてい、どういう言い方をしても、言ってはいけないことを言ったような雰囲気になる。

仕事で初対面の人と待ち合わせをするときも、「○○という雑誌を持って立ってますんで〜」と目印を伝えることはあっても、身体的特徴を伝えることはめったにない。あったとしても、それは、「額がさみしくなっている男がいたらボクです」みたいな自虐ネタだ。

人にとって、体がなくなっている。
昨日、「人は自然だ」と書いた。
しかし、私達は、とっくの昔に、体をなくしている。
体をなくしているのだから、自分の体や他人の体を、「自然」の一部と見ることも、もちろんできない。
だから、自分の体も、人の体も、人工物のように見なして、扱う。

例えば、「健康管理」という言い方は、体を自然ではなく人工物と見なした言い方だ。自然を「管理」することはできない。昨日も書いたように、自然は、予測もコントロールもきかないからだ。「管理」できるのは、人が設計して製作したものだけだ。なのに、「健康管理」と言う。おかしい。

サプリメントを飲んだり、ジョギングをしたり、ジムに通ったりして、「健康管理してます」と言う。
確かに、デスクワークばかりなら運動も必要だろう。野菜の栄養価が下がっているそうだから、サプリメントもいいだろう。

しかし、だったら、駅でエスカレーターを使わずに階段を上り下りしている人がほとんどいないのは、なぜだろう?? 目の前に、移動を兼ねた運動の機会があるのだから、今そこで運動をすればいいのに。

人の体は「自然」なのだから、まずは「自然のままにゆだねる」というのが、養生の根本だ。

伸びをしたくなったら、思いっきり伸びをする。
疲れたらちょっと休む。疲れがとれたら、元気に活動する。
お腹が空いたらそのとき味わいたいものを食べる。喉が乾いたら飲む。

しかし、健康にうるさい人というのは、「毎日10キロ走ってます」とか、「毎日ナントカ水を1リットル飲むようにしています」とか、「30品目」とか、「30分以上、有酸素運動をしています」という感じが多い。気持ちよくて、あるいは体の自然な要請を感じて、それをしているのならいいのだけど、たいてい「数字」を伴っている。頭で「管理」しているのである。

それもいい。楽しんで、気持ちよくてやっているのなら、やらないよりやった方がいい。
しかし、考え方が「あべこべ」ではないだろうか。

体の感覚と要請にゆだねて、食べたり、飲んだり、動いたりするのが、まずは基本だ。
体の感覚と要請をうっちゃっておいて、「何キロ」「何リットル」「何分」「何品目」とやるのは、ヘタしたら、体をいじめていることになりかねない。

現場の実態を知らない経営者が、数字ありきの内部統制で現場をがんじがらめにするのと同じだ。乱暴な言い方だけど。

「体にゆだねる」のが養生の根本であり、ホームページにも書いてあるとおり、弊所の操体も「ゆだねる」ことを基本にしている。

体にゆだねて流れていけば、歪みがとれ、バランスがととのい、気持ちのいい体になる。体は自然なのだから、「体にゆだねる」ということは、「自然にゆだねる」ということだ。だから、操体とは、「自然にゆだねる」ということなのだ。









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つらつらと、操体について。

言うまでもなく、人の体は「自然」である。人工物ではない。
人の体は、人工物ではなく、自然である。
自然であるということは、人の思うように予測ができないし、人の思う通りにコントロールできない、ということだ。
人の体は自然であり、先が読めないし、統御もできないものである。

しかし、多くの人はそのことを忘れている。

社会の人工化がどんどん進み、人は人工物に囲まれて暮らしている。
だから、なんでも予測しコントロールしようとするし、予測と統御ができなければ、無理にでも先を読みコントロールしようとする。
人は自然であり、人がつくる社会も自然であるから、完全な予測もコントロールも不可能であるはずなのに、人は予測とコントロールを当たり前と考えている。
会社が事業計画の通りに売上があげ拡大するのと同じように、自分の将来を設計し規定しようとしがちだし、想定通りの結果を求める。


操体とは、味わうことだ。

いま身心に起きていることを味わう。味わって、そのままゆだねて流れていく。そしたら歪みがとれ、気持ちのいい体になる。それが一人操体であり、操体の施術だ。

「操体とは、味わうことだ」

といえば、生きていることすべてが操体である。

今こうして文章を書くことを味わうこと。
雨の音を味わうこと。
雨に合う音楽をかけること。
ご飯を味わうこと。
会話を味わうこと。
寝る前に、その日の出来事を味わうこと。
それはすべて操体である。

と、こう言うと、私はいつも居心地がわるくなってしまう。

なぜなら、雨や音楽を味わうことを、わざわざ「操体」と呼ぶ必要などないからだ。

だから、やっぱり、弊所のホームページにも書いてあるように、
「操体とは、当たり前のことを当たり前にすること」なのだ。

疲れたら休み、気が乗らないならやらない。
味わえないことは、やらない。
やるなら、味わう。
それが、自然としての人の、自然な生き方であり、いちばんいい生き方なのだな。
(おっと、予想外に書き出しにつながった(笑))。






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手当て

マッサージや整体など、一般に「手技療法」とか「療術」と呼ばれているものは、すべて、おおもとをたどれば、シンプルな「真心」のようなものから始まったはずだ。

目の前にいる人が、痛がっている。つらそうにしている。思わず「大丈夫?」と痛がっている箇所に手を当てる。

「思わず手を当てる」というのは動物の、人間の、自然な感情と行為であり、すべての手技療法は、というか医術、医学、看護といった「医」のすべてのジャンルは、「思わず手を当てる」という自然な感情と行為から始まったはずだ。

しかし、人間が頭で考えることは、どんどん複雑になっていくしかない宿命を負っている。さらに、そこに名利欲や金銭欲などが加わって、すべての物事は不必要なまでに複雑化し、伸ばす必要のない枝葉まで伸ばす。この不必要な枝葉が、すなわち、「なんとか流整体」といった、細分化されすぎて何が何やらわけがわからない療術界の無数の流派だ、と言ったら言い過ぎだろうか?しかし、長い目で見れば、不必要な枝葉は枯れる。

弊所のお客様には、「腰痛で整体に行ったら、腰をグリグリ揉まれて、余計に痛くなった」「マッサージだと揉み返しがつらくて」といった理由で、弊所に来て下さる方が少なくない。

痛がっている人に対して、余計に痛いことをするなんて、いったいどういうことだろう?

「思わず手を当てる」という自然な感情と行為を思い出そう。
そうすれば、痛がっている人に対して、「これがウチのやり方ですから」と、グリグリ押したり揉んだりなど、できないはずだ。
そうではないか?

うむ。
また、エラそうなことを申し上げてしまった。

しかし、私は、いつも、「『思わず手を当てる』自然な感情と行為」という基本から逸脱しないように自戒している。
「気が付いたら手をあてていた」というのが我々の基本だと思っている。

だから、お客様が、施術の後に、「気持ちよかった。なんだか“手当て”って感じでした」というふうに感想を言ってくださることがあると、私は素直に嬉しいのです。









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それはハイヒールのせいばかりではない。

今日の午前は文筆業の打ち合わせで丸の内にいた。打ち合わせはすぐに終わったので、しばらく丸の内をぶらぶら歩いた。

特に丸の内のようなオフィス街を歩くと、いつも感じることなのだが、女性の体が見るからに硬い。前のめりの前傾姿勢で、とりわけ首と肩のあたりが硬い。

それはハイヒールのせいばかりではない。

男性の体も硬いが、それは不注意や無自覚から来る硬さに見える。
一方、オフィス街の女性の硬さは、過剰な注意と自覚から来る硬さに見える。

現在の女性が置かれている状況は、本当に大変だと思う。
なぜなら、仕事を頑張り、素敵な恋をし、キレイを頑張り、婚活も気にし、結婚をしたら家事育児と仕事を両立し、スキンケアにはげみ、スリムボディを保ち、素敵な奥さんと褒められ、自立した子どもを育て、かつ自身もキャリアアップをはかり、趣味の世界も探究し、交友関係も広げ……というように、「全方位的にカンペキでスマアトな女性の理想像」というものが広く流布され、根深く浸透しているからだ。

『日経ウーマン』という雑誌はその象徴だと思う。日経ウーマンに出てくる一般女性は、完璧すぎる。頑張りすぎている。キレイで、仕事で実績を持ち、キャリアアップし、趣味もあり、結婚もし、育児もしている。
女性としても、職業人としても、家庭人としても、カンペキである。

僕はそういう人たちを見ると、「すげえなー」と素直に感心し、尊敬するが、同時に、「大変だなー」とも思う。実際、彼女達の毎日は大変だと思う。理想像を提示されている女性全般も、大変だと思う。

理想像の流れに乗るのも大変だし、乗らないのも大変だ。

オフィス街の女性の体が前傾姿勢で硬いのは、ヴァーチャルな理想像を前に、身心が硬直しているからだろう。

男性は違う。今の女性が置かれている状況と比べたら、楽だと思う。
なぜなら、男の世界では、昔から、「会社でも家庭でもカンペキである必要などないし、そんなことなど無理だぜ」という暗黙の了解があるからだ。
仕事で頑張っても息抜きに女遊びをし、たまには家族サービスもし……という感じ。「息抜き」とか「たまには」が通用してきたのが男の世界だ。

もともと、人間はそんなに立派ではない。完璧でいつづけることなどできないものだ。
人間はもっとだらしなくて当然の生き物だと思う。

しかし、今の女性は、力を抜くことが許されない。

頑張りすぎている女性には、せめて、一人操体で力を抜く時間を持っていただきたいと思います。
それが自分改革の手がかりのひとつになるかもしれません。






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「最大の健康リスクは高血圧」とのニュース

「最大の健康リスクは高血圧」とのニュース。
高血圧の方は多いですね。私の父も高血圧で、降圧剤を飲んでいます。

これは私の私見だが、高血圧の人には、体力自慢や筋肉自慢の人が多いように思う。
体力があり、筋肉も隆々としている分、体は強張って硬くなっている。だが、ご自身ではその強張りに気づいていないのだ。

体の歪みと高血圧の関係を理解して下さっている方は少ない。
体が歪めば、血圧は高くなる。
体の歪みを取れば、血圧は下がる。

これは単純な話だ。
例えば首や肩がこっているということは、そこで血流がブロックされているということだ。
ブロックされているから、血圧は上がる。
体の歪みを取って、コリがなくなれば、流れがよくなって、血圧は下がる。
(中国では、首や肩のコリを、脳卒中などにつながる症状として重く見るそうだ。)

だが、この単純な事実に着目して、実行してくれる人は少ない。
残念ながら、私の父もそうだ。
私が「一人操体をしたら血圧下がるよ」と言って、いくつか一人操体を伝えるのだが、なかなかやらない。
(母は“健康法”ジャンルが好きなほうなので、一人操体をやっている。二年ほど前、腰痛で整形外科に行ったら脊柱間狭窄症と診断され、「もう歩いてはいけない」「コルセットをはめろ」と言われたが、私の伝えた一人操体を始めたら、3週間で痛みがなくなった。今は不自由なくあちこちを旅行している。)

どうか、お客様が、一人操体を続けてくださいますように。






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風邪の引き始めに一人操体

風邪を引く前は、たいてい、首や肩がいつもより硬かったり、凝っていたり、重かったりするものです。試しに今度、鼻や喉などに風邪の前兆があったときに、首や肩の具合を意識してみてください。きっといつもより硬い感じがあると思います。

風邪の引き始めは、首や肩が硬くなるものです。
なので、風邪の引き始めに、硬くなった首や肩をゆるめると、風邪がそのまま治ったり、たとえ風邪になっても、バーっと熱が出てすぐにすっきり治る性質のよい風邪になります。

風邪の引き始めに首と肩をゆるめる一人操体は簡単です。

寝っ転がって椅子に両脚を乗せる「足上げ」をしながら、片手を反対側の腋(わき)へ入れて、胸の筋肉を鎖骨の方へ寄せるだけです。この姿勢で5分ほど、だら〜っと横になっているだけで、首と肩がゆるみます。

私の場合、風邪の引き始めは、たいてい首の右側と右肩が凝りますので、この方法でゆるめて、しょうが湯を飲んで早めに寝ます。すると、たいてい、翌朝にはケロっとよくなっています。

上記の一人操体のやり方は、以下の通りです。

仰向けで寝て、椅子の上に足を乗せます。
足にとっていちばん快適な乗せ方をします。椅子が足にとって快適な枕である、というようなイメージで。
足が左に傾いたり、右に傾いたりしているのが楽ならば、傾いたまま乗せていてください。
片足の甲に反対の足のかかとを乗せると楽ならば、そうしてください。
とにかく下半身にとって最も楽な姿をつくってください。

そして、片手を反対側の腋(わき)へ深めに入れて、やわらかく鎖骨の方へ寄せます。
そのまま3分くらい。
今度は手を反対にかえます。
またそのまま3分くらい。

途中で足の位置や形を変えたくなれば、気のおもむくまま足のおもむくままに動かしてください。

そうしている間に、腰の凝りや張りがゆるんで、歪みがとれます。背中から肩・首の張りや凝りも楽になります。

もういいなと思ったら、ゆっくりと立ち上がってください。
先ほどよりも体が軽く、特に腰のあたりが楽で、体がすう〜と気持ちよく立っていることを感じられることでしょう。

風邪予防だけでなく、
腰、背中、肩が張ったり凝ったりして、気持ちがイライラしたり、鬱々したりしているときや、腰痛にもよいです。デスクワークが原因の腰痛なら、これだけでずいぶん楽になります。

ぜひお試しください。








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プロフィール

操体レクリエーション 奥原剛 

Author:操体レクリエーション 奥原剛 
東京都台東区の根津で「操体法」の施術・講習をしています。
「操体レクリエーション」
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