操体レクリエーション の 操体ブログ

東京メトロ千代田線 根津から徒歩5分。「操体法」専門の施術院。身心のことから単なる趣味まで、なんでも書きます。http://www.sotai-recreation.com

秋のおでかけ

少し前の日曜日、高尾山へ紅葉を褒めに行ってきました〜。
お客様から「すごい人ですよ〜」と言われていたのですが、
いや〜、高尾山口駅から人、人、人、人、人。駅の階段から人が溢れ、新宿駅のホームのようでした。
高尾山にのぼっても、メインの1号路は人、人、人、人、人。

なので、人気の少ない散策路を見つけ、その細道をのぼっていくと、別世界。小川のせせらぎ。鳥のさえずり。そして木々の間から遠くに燃える紅葉。
いや〜、美しかったです。
空気よかったです。

帰りも人気のない散策路でふもとまで。
いや〜、山の土、木の匂い、自然の音から、力をもらいました。

昔登ったヒマラヤが懐かしくなり、
トレッカー・スピリットに火を灯されました〜。

一緒に行ったお友達はみんな後日、「筋肉痛になった」と言っていましたが、私はなんともなく。
これも一人操体のおかげ!?



さてさて、別の日曜日の夜は、上野公園の中にある韻松亭という料理屋さんで、祝いの食事をしてきました。

事前に、個室と懐石コースを予約。

建物は、大正時代を思わせるような古い趣ある日本家屋。
ちょうどよい狭さで居心地いい個室の窓からは、小さな庭と、はらはらと落ちてくる紅葉の景色。

お料理も繊細でよかった。
豆腐!おまえはすごいよ!
豆腐!いろんな表情を持つ君は役者だよ!
いや〜、豆腐はこんなに美味いものかと、あらためて感動しました。
やはり私は、繊細な味付けの和食が何より好きです。

2時間、趣ある空間と美味しい食事を満喫。
小旅行したような気分を味わいました。

韻松亭、お薦めですよ〜。








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小池さん

昨日、マクドナルドにコーヒーを買いに入ったら、レジの店員さんが、白人の外人さんだった。けれども、胸の名札には、思いっきり「小池」と書いてある。もう一度、顔を見たけど、思いっきり白人の外人さんで、けれど名札は「小池」と思いっきり日本の名前。そのギャップが僕のツボに入って、ニヤニヤしてしまった。

順番が来て、僕は「ホットコーヒー」と言ったのだが、「小池」さんは聞き取れなかったようで、外国人のあの独特の聞き返し方で、「ハア!?」(Ha-a?)と聞き返してきた。そこで僕はまたウケてしまった。

「ホットコーヒー」と今度はもっと大きな声で言うと、「小池」さんは軽くうなずきながら「アーハッ」(A-ha.)とまた外国人の返事をした。

面白かった。






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体は自然。自然にゆだねる。それが操体。

「人」というのは、まずは、「からだ」だ。
体がなければ、その人はいない。

しかし、現実には、「人」といえば、社会における位置づけである。つまり、肩書とかポジションである。
その人の体は、忘れられている。
あるいは、体は、タブーにされている。

例えば、それは、他人をイメージしたり描写したりするときに、露わになる。
よくあるこんなセリフ。
「え〜! マオちゃん彼氏できたの〜!! 彼氏、何してる人???」
「鈴木! 結婚したんだってな! 奥さん何してる人???」
恋人ができたとか、結婚したとかいう会話では、かならず最初に誰かが「何してる人?」と質問する。

「何してる人?」とは、つまり、その人の職業であり、肩書である。職業なり肩書を聞くことで、その人を世間のあるポジションに位置付けて、納得する。
「ふつうの会社員だよ」とか、「SEだよ」とか、「専業主婦だよ」とか。
ひどい場合は、「トヨタだよ」とか、社名がその人だったりする。

世間におけるポジションがその人なのであって、その人の体は置き去りにされている。
人は、まずは体であり、体あっての人なのに。

(だから、日本では「人の間」と書いて、「人間」と言い、「人」よりも「人間」という言葉をよく使う。中国では、人間とは今でも「世間」の意味なのだそうだ。)

では、「彼氏、何してる人?」の他には、どんな聞き方があるだろう。
「彼氏、どんな人?」という聞き方が考えられるが、その人の性格や雰囲気がどういうものかを描写するのは難しい。だから、多くの場合、「どんな人?」とは尋ねない。

しかし、「どんな人?」と聞かれたら、その人の体を簡単に描写すればいいのではないか。
実際には、知らない人をイメージしたり描写したりするには、その人の体をさらっと説明するのが、いちばん分かりやすい。

しかし、会話の中で、人が、その人の体で描写されることは、めったにない。
「超イケメンだよ」とか、「すっげー美人」という以外の描写は、タブーとされている。
「ん? 俺の奥さん? ちょっとポチャッとしてて……」とか、「え? 彼氏? 身長は私と同じくらいだから低めで〜、けっこう毛深くて〜」とか、「フツーだよ、フツー」とか、その人の体を描写したら、たいてい、どういう言い方をしても、言ってはいけないことを言ったような雰囲気になる。

仕事で初対面の人と待ち合わせをするときも、「○○という雑誌を持って立ってますんで〜」と目印を伝えることはあっても、身体的特徴を伝えることはめったにない。あったとしても、それは、「額がさみしくなっている男がいたらボクです」みたいな自虐ネタだ。

人にとって、体がなくなっている。
昨日、「人は自然だ」と書いた。
しかし、私達は、とっくの昔に、体をなくしている。
体をなくしているのだから、自分の体や他人の体を、「自然」の一部と見ることも、もちろんできない。
だから、自分の体も、人の体も、人工物のように見なして、扱う。

例えば、「健康管理」という言い方は、体を自然ではなく人工物と見なした言い方だ。自然を「管理」することはできない。昨日も書いたように、自然は、予測もコントロールもきかないからだ。「管理」できるのは、人が設計して製作したものだけだ。なのに、「健康管理」と言う。おかしい。

サプリメントを飲んだり、ジョギングをしたり、ジムに通ったりして、「健康管理してます」と言う。
確かに、デスクワークばかりなら運動も必要だろう。野菜の栄養価が下がっているそうだから、サプリメントもいいだろう。

しかし、だったら、駅でエスカレーターを使わずに階段を上り下りしている人がほとんどいないのは、なぜだろう?? 目の前に、移動を兼ねた運動の機会があるのだから、今そこで運動をすればいいのに。

人の体は「自然」なのだから、まずは「自然のままにゆだねる」というのが、養生の根本だ。

伸びをしたくなったら、思いっきり伸びをする。
疲れたらちょっと休む。疲れがとれたら、元気に活動する。
お腹が空いたらそのとき味わいたいものを食べる。喉が乾いたら飲む。

しかし、健康にうるさい人というのは、「毎日10キロ走ってます」とか、「毎日ナントカ水を1リットル飲むようにしています」とか、「30品目」とか、「30分以上、有酸素運動をしています」という感じが多い。気持ちよくて、あるいは体の自然な要請を感じて、それをしているのならいいのだけど、たいてい「数字」を伴っている。頭で「管理」しているのである。

それもいい。楽しんで、気持ちよくてやっているのなら、やらないよりやった方がいい。
しかし、考え方が「あべこべ」ではないだろうか。

体の感覚と要請にゆだねて、食べたり、飲んだり、動いたりするのが、まずは基本だ。
体の感覚と要請をうっちゃっておいて、「何キロ」「何リットル」「何分」「何品目」とやるのは、ヘタしたら、体をいじめていることになりかねない。

現場の実態を知らない経営者が、数字ありきの内部統制で現場をがんじがらめにするのと同じだ。乱暴な言い方だけど。

「体にゆだねる」のが養生の根本であり、ホームページにも書いてあるとおり、弊所の操体も「ゆだねる」ことを基本にしている。

体にゆだねて流れていけば、歪みがとれ、バランスがととのい、気持ちのいい体になる。体は自然なのだから、「体にゆだねる」ということは、「自然にゆだねる」ということだ。だから、操体とは、「自然にゆだねる」ということなのだ。









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つらつらと、操体について。

言うまでもなく、人の体は「自然」である。人工物ではない。
人の体は、人工物ではなく、自然である。
自然であるということは、人の思うように予測ができないし、人の思う通りにコントロールできない、ということだ。
人の体は自然であり、先が読めないし、統御もできないものである。

しかし、多くの人はそのことを忘れている。

社会の人工化がどんどん進み、人は人工物に囲まれて暮らしている。
だから、なんでも予測しコントロールしようとするし、予測と統御ができなければ、無理にでも先を読みコントロールしようとする。
人は自然であり、人がつくる社会も自然であるから、完全な予測もコントロールも不可能であるはずなのに、人は予測とコントロールを当たり前と考えている。
会社が事業計画の通りに売上があげ拡大するのと同じように、自分の将来を設計し規定しようとしがちだし、想定通りの結果を求める。


操体とは、味わうことだ。

いま身心に起きていることを味わう。味わって、そのままゆだねて流れていく。そしたら歪みがとれ、気持ちのいい体になる。それが一人操体であり、操体の施術だ。

「操体とは、味わうことだ」

といえば、生きていることすべてが操体である。

今こうして文章を書くことを味わうこと。
雨の音を味わうこと。
雨に合う音楽をかけること。
ご飯を味わうこと。
会話を味わうこと。
寝る前に、その日の出来事を味わうこと。
それはすべて操体である。

と、こう言うと、私はいつも居心地がわるくなってしまう。

なぜなら、雨や音楽を味わうことを、わざわざ「操体」と呼ぶ必要などないからだ。

だから、やっぱり、弊所のホームページにも書いてあるように、
「操体とは、当たり前のことを当たり前にすること」なのだ。

疲れたら休み、気が乗らないならやらない。
味わえないことは、やらない。
やるなら、味わう。
それが、自然としての人の、自然な生き方であり、いちばんいい生き方なのだな。
(おっと、予想外に書き出しにつながった(笑))。






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手当て

マッサージや整体など、一般に「手技療法」とか「療術」と呼ばれているものは、すべて、おおもとをたどれば、シンプルな「真心」のようなものから始まったはずだ。

目の前にいる人が、痛がっている。つらそうにしている。思わず「大丈夫?」と痛がっている箇所に手を当てる。

「思わず手を当てる」というのは動物の、人間の、自然な感情と行為であり、すべての手技療法は、というか医術、医学、看護といった「医」のすべてのジャンルは、「思わず手を当てる」という自然な感情と行為から始まったはずだ。

しかし、人間が頭で考えることは、どんどん複雑になっていくしかない宿命を負っている。さらに、そこに名利欲や金銭欲などが加わって、すべての物事は不必要なまでに複雑化し、伸ばす必要のない枝葉まで伸ばす。この不必要な枝葉が、すなわち、「なんとか流整体」といった、細分化されすぎて何が何やらわけがわからない療術界の無数の流派だ、と言ったら言い過ぎだろうか?しかし、長い目で見れば、不必要な枝葉は枯れる。

弊所のお客様には、「腰痛で整体に行ったら、腰をグリグリ揉まれて、余計に痛くなった」「マッサージだと揉み返しがつらくて」といった理由で、弊所に来て下さる方が少なくない。

痛がっている人に対して、余計に痛いことをするなんて、いったいどういうことだろう?

「思わず手を当てる」という自然な感情と行為を思い出そう。
そうすれば、痛がっている人に対して、「これがウチのやり方ですから」と、グリグリ押したり揉んだりなど、できないはずだ。
そうではないか?

うむ。
また、エラそうなことを申し上げてしまった。

しかし、私は、いつも、「『思わず手を当てる』自然な感情と行為」という基本から逸脱しないように自戒している。
「気が付いたら手をあてていた」というのが我々の基本だと思っている。

だから、お客様が、施術の後に、「気持ちよかった。なんだか“手当て”って感じでした」というふうに感想を言ってくださることがあると、私は素直に嬉しいのです。









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それはハイヒールのせいばかりではない。

今日の午前は文筆業の打ち合わせで丸の内にいた。打ち合わせはすぐに終わったので、しばらく丸の内をぶらぶら歩いた。

特に丸の内のようなオフィス街を歩くと、いつも感じることなのだが、女性の体が見るからに硬い。前のめりの前傾姿勢で、とりわけ首と肩のあたりが硬い。

それはハイヒールのせいばかりではない。

男性の体も硬いが、それは不注意や無自覚から来る硬さに見える。
一方、オフィス街の女性の硬さは、過剰な注意と自覚から来る硬さに見える。

現在の女性が置かれている状況は、本当に大変だと思う。
なぜなら、仕事を頑張り、素敵な恋をし、キレイを頑張り、婚活も気にし、結婚をしたら家事育児と仕事を両立し、スキンケアにはげみ、スリムボディを保ち、素敵な奥さんと褒められ、自立した子どもを育て、かつ自身もキャリアアップをはかり、趣味の世界も探究し、交友関係も広げ……というように、「全方位的にカンペキでスマアトな女性の理想像」というものが広く流布され、根深く浸透しているからだ。

『日経ウーマン』という雑誌はその象徴だと思う。日経ウーマンに出てくる一般女性は、完璧すぎる。頑張りすぎている。キレイで、仕事で実績を持ち、キャリアアップし、趣味もあり、結婚もし、育児もしている。
女性としても、職業人としても、家庭人としても、カンペキである。

僕はそういう人たちを見ると、「すげえなー」と素直に感心し、尊敬するが、同時に、「大変だなー」とも思う。実際、彼女達の毎日は大変だと思う。理想像を提示されている女性全般も、大変だと思う。

理想像の流れに乗るのも大変だし、乗らないのも大変だ。

オフィス街の女性の体が前傾姿勢で硬いのは、ヴァーチャルな理想像を前に、身心が硬直しているからだろう。

男性は違う。今の女性が置かれている状況と比べたら、楽だと思う。
なぜなら、男の世界では、昔から、「会社でも家庭でもカンペキである必要などないし、そんなことなど無理だぜ」という暗黙の了解があるからだ。
仕事で頑張っても息抜きに女遊びをし、たまには家族サービスもし……という感じ。「息抜き」とか「たまには」が通用してきたのが男の世界だ。

もともと、人間はそんなに立派ではない。完璧でいつづけることなどできないものだ。
人間はもっとだらしなくて当然の生き物だと思う。

しかし、今の女性は、力を抜くことが許されない。

頑張りすぎている女性には、せめて、一人操体で力を抜く時間を持っていただきたいと思います。
それが自分改革の手がかりのひとつになるかもしれません。






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「最大の健康リスクは高血圧」とのニュース

「最大の健康リスクは高血圧」とのニュース。
高血圧の方は多いですね。私の父も高血圧で、降圧剤を飲んでいます。

これは私の私見だが、高血圧の人には、体力自慢や筋肉自慢の人が多いように思う。
体力があり、筋肉も隆々としている分、体は強張って硬くなっている。だが、ご自身ではその強張りに気づいていないのだ。

体の歪みと高血圧の関係を理解して下さっている方は少ない。
体が歪めば、血圧は高くなる。
体の歪みを取れば、血圧は下がる。

これは単純な話だ。
例えば首や肩がこっているということは、そこで血流がブロックされているということだ。
ブロックされているから、血圧は上がる。
体の歪みを取って、コリがなくなれば、流れがよくなって、血圧は下がる。
(中国では、首や肩のコリを、脳卒中などにつながる症状として重く見るそうだ。)

だが、この単純な事実に着目して、実行してくれる人は少ない。
残念ながら、私の父もそうだ。
私が「一人操体をしたら血圧下がるよ」と言って、いくつか一人操体を伝えるのだが、なかなかやらない。
(母は“健康法”ジャンルが好きなほうなので、一人操体をやっている。二年ほど前、腰痛で整形外科に行ったら脊柱間狭窄症と診断され、「もう歩いてはいけない」「コルセットをはめろ」と言われたが、私の伝えた一人操体を始めたら、3週間で痛みがなくなった。今は不自由なくあちこちを旅行している。)

どうか、お客様が、一人操体を続けてくださいますように。






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風邪の引き始めに一人操体

風邪を引く前は、たいてい、首や肩がいつもより硬かったり、凝っていたり、重かったりするものです。試しに今度、鼻や喉などに風邪の前兆があったときに、首や肩の具合を意識してみてください。きっといつもより硬い感じがあると思います。

風邪の引き始めは、首や肩が硬くなるものです。
なので、風邪の引き始めに、硬くなった首や肩をゆるめると、風邪がそのまま治ったり、たとえ風邪になっても、バーっと熱が出てすぐにすっきり治る性質のよい風邪になります。

風邪の引き始めに首と肩をゆるめる一人操体は簡単です。

寝っ転がって椅子に両脚を乗せる「足上げ」をしながら、片手を反対側の腋(わき)へ入れて、胸の筋肉を鎖骨の方へ寄せるだけです。この姿勢で5分ほど、だら〜っと横になっているだけで、首と肩がゆるみます。

私の場合、風邪の引き始めは、たいてい首の右側と右肩が凝りますので、この方法でゆるめて、しょうが湯を飲んで早めに寝ます。すると、たいてい、翌朝にはケロっとよくなっています。

上記の一人操体のやり方は、以下の通りです。

仰向けで寝て、椅子の上に足を乗せます。
足にとっていちばん快適な乗せ方をします。椅子が足にとって快適な枕である、というようなイメージで。
足が左に傾いたり、右に傾いたりしているのが楽ならば、傾いたまま乗せていてください。
片足の甲に反対の足のかかとを乗せると楽ならば、そうしてください。
とにかく下半身にとって最も楽な姿をつくってください。

そして、片手を反対側の腋(わき)へ深めに入れて、やわらかく鎖骨の方へ寄せます。
そのまま3分くらい。
今度は手を反対にかえます。
またそのまま3分くらい。

途中で足の位置や形を変えたくなれば、気のおもむくまま足のおもむくままに動かしてください。

そうしている間に、腰の凝りや張りがゆるんで、歪みがとれます。背中から肩・首の張りや凝りも楽になります。

もういいなと思ったら、ゆっくりと立ち上がってください。
先ほどよりも体が軽く、特に腰のあたりが楽で、体がすう〜と気持ちよく立っていることを感じられることでしょう。

風邪予防だけでなく、
腰、背中、肩が張ったり凝ったりして、気持ちがイライラしたり、鬱々したりしているときや、腰痛にもよいです。デスクワークが原因の腰痛なら、これだけでずいぶん楽になります。

ぜひお試しください。








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スピードを落とそう

リニア新幹線が開通したら、東京・大阪間が67分になるらしい。
困ったことだ、と私は思います。

世界はどんどんスピードを上げている。
スピードを上げることで、楽しみや喜びが増えるかもしれないが、しかし同時に、必ず悲しみも増える。
フロイトは、「文明の進歩は、人が布団から足を出して、また引っ込めるようなものだ」と書いていたそうだ。
うむ。
例えば、電話が発明されたことで、離れ離れの家族や恋人が話をできるようになり、それは嬉しいことだったろう。しかし、電話が発明される前に、そもそも機関車が発明されなかったら、家族や恋人が離れ離れになることもなかったのだ。

私は昔、4年間の会社員生活の半分を京都で、残りの半分を東京で過ごした。月に何度か、京都・東京間を出張した。日帰りもあったが、宿泊も多かった。
京都・東京間の新幹線は2時間半かかるから、日帰り出張だとしても、一日仕事だ。新幹線の中で原稿を書いていることもあったが、眠くなれば寝た。出張の日は気楽だった。泊まりならば、なおさら気楽だった。

しかし。
リニア新幹線開通で、東京・大阪間が67分になったら、
例えば、こんなハードな日が当たり前になってしまうだろう――朝6時の新幹線で東京から大阪へ。午前の商談を大阪で終え、すぐさま新幹線で東京へ引き返す(昼食は新幹線の中で弁当を)。東京へ戻ったら、午後は関東圏の商談を3つこなし、夜に会社に戻り伝票と報告書作成。終電で帰宅……。

皆様ご経験のことと思いますが、長距離を移動するだけで、体はいやな疲れを貯めるものだ。東京・大阪間が67分になったら、日本の会社員たちは、もっと体を酷使せざるをえなくなるだろう。

西と東で離れ離れの家族や恋人にとっては、リニア開通は嬉しいことだろう。
しかし、「東京・大阪間が1時間になったから」という理由で、単身赴任を命じられる会社員が増えることも想像できる。
日本がますますスピードアップして、東京・大阪間が短くなることで、いいことなど、たいしてないと思う。

そろそろ、スピードアップはやめにした方がいいと思います。
少なくとも、私はそのレースから下ります。













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歩く

いつも自転車で行き来しているお茶の水までの道を、今日は歩いた。
自転車で15分。歩いたら35分だった。
なんだ……、20分しか変わらないのだ。
これからはできるだけ歩いていこう。

自転車だと見過ごしているものが、歩いたら見えて楽しい。
緑の匂いもよく分かる。
いつも自転車で素通りしている湯島聖堂にも入った。
入徳門から見る聖堂は立派だった。

歩きたくても長い距離を歩けないお客様が、遠くから私の施術を受けに来て下さる。
私は何不自由なく歩くことができる。
ありがたいことだ。
もっと歩こう。

(明日へ続く)






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秋の特別割引、実施中です。

10月12日月曜日から24日土曜日まで、秋の特別割引を実施いたします。

初めてご来院のお客様は、初見料1,000円割引、
2度目のご来院のお客様は、施術料から500円を割引させていただきます。

季節の変わり目のセルフケアに、ぜひご来院ください。
お待ちしております。






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うがいをしながらの一人操体

いや〜、前回の更新から、あっという間にひと月が経ちました。早いものです。2009年も、もう秋です。

新型インフルエンザの流行が衰えず、お客様が勤務されている学校や、お客様のお子様が通われている学校でも、学級閉鎖があったと聞きました。せっかくの学園祭が、学外者の入場禁止になった学校も・・・。気の毒です・・・。

皆様、インフルエンザ対策で、こまめにうがいをなさっていることと存じますが、本日は、うがいをしながらの一人操体をお伝えします。

うがいをするときは、口に水を含み、顔を上に向けて「がらがらがら・・・」とやりますね。
皆様は、うがいで顔を上に向ける時、体も顔もまっすぐ前を向いた姿勢で、上を向いていることと存じます。

しかし、まっすぐ前を向いたままでいる必要などありません。

水を口に含み、顔を上に向けたら、全身の力を抜いて、上半身や首から上を、流れるままに任せてみてください。
腰から上や、首から上が、クニャ〜と右あるいは左へと、ひねられていくのではないでしょうか。

自然にひねりが生まれないなら、試しに、腰から上や、首から上を、右か左へ、少しひねってみてください。少しひねった状態で、体に落ち着く感じがあったり、気持ちよさがあれば、そのまま「がらがら・・・」とうがいをします。

立っている時、あるいは上を向いた時、体が右や左へと自然に流れて、ひねられていくならば、それは、そのとき体にそのような歪みがあるということであり、その自然なひねりの動きは、その歪みを取る動きです。

うがいで上を向いた時も、体が自然に流れていく方へ流れて、うがいをすれば、喉の掃除をしながら、体の歪みが取れます。立派な一人操体です。

まっすぐ上を向いた状態でうがいをするよりも、喉が大きく開いて、喉の深くまで水が届き、うがいの効果も増します。
ぜひお試しください。






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操体レンズ

このブログをお読みいただけると、おそらく、なんとなく、お分かりいただけると思うのだが、
誤解を恐れず言うと、僕は、操体法を代替医療の一種とは、とらえていない。

施術は、あくまで操体の一部である。

とはいえ、もちろん、体の痛みや違和感を抱えてお越し下さるお客様に対しては、
少しでも楽になってお帰りいただけるよう、僕は、心づくしの施術をする。
弊所にお越しいただいているお客様は、きっと皆様、私の心づくしを感じてくださっていることと存じます。


操体は、世界をありのままに見ることができるレンズである。
世界をありのままに見れば、私たちはもう少し、生きやすくなる。

たとえば、苦しいことがあったとする。
しかし、その苦しみも、永遠に続くわけではない。
大地を打つ嵐でさえ、そう長くは続かないのだ。


操体法という名のレンズは、浸透質でできている。
浸透質であるから、何に対しても浸透する。
もちろん、体にも通すことができる。
操体法のレンズを体に通せば、それが一人操体であり、それが二人操体(施術)である。

弊所のホームページにもあるように、
操体は、施術、セルフケア、探究のすべてをオールインワンで包含しているのだ。

操体は、生きていくうえでのすべてに応用できる。

操体を通した体は、生きやすくなる。

弊所「操体レクリエーション」の操体は、「生きやすい体」づくりとしての操体です。








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マドモワゼル

久しぶりに、映画らしい映画を見た。

マドモワゼル

いや〜、美しい映画だった。
観終わったばかりなので、まだ、語る言葉がない。

映画も小説も、詐欺もビジネスも社会機構も、人間の頭が創り出すものはすべて、より複雑になっていくしかない宿命を負っている。

だから、新作の映画はどれも、既存のパーツとパーツをいかに複雑に組み合わせるか、組み合わせの妙で勝負するしか手がなくなっている。

だから、ごく稀に、この映画のようにストレートに美しい映画を観ることができると、体がすっきりする。

組み合わせの複雑の妙で勝負する映画は、たとえると、いわば二日酔いである。
よくできた面白い映画であっても、余韻がモヤモヤするのである。

単純でストレートに美しい映画は、観終わった後、
僕をしばし別世界へ連れて行ってくれるが、しかし、余韻が澄んでいる。
すがすがしいのである。


映画の話をむりやり操体につなげるようなことはしたくないのだが、
ひとことだけ。

僕が操体の施術で常に心がけているのも、余韻のすっきりした施術である。

施術者が関与しすぎる施術は、お客様の体に二日酔いを引き起こす。
製作者の意図とやらがうるさく感じられる面倒くさい映画のように。

「泣かせどころは分かりすぎるくらいはっきりしている方がいい」という観客がいるように、
二日酔いするくらいの強い施術が好きな方もいらっしゃるだろう。
だが、そういう方は操体向きではない。施術者が他力的に施すマッサージや整体にいらしたほうがいい。

僕はできるかぎりシンプルに、余韻のすっきりした施術がしたい。
お客様に、すがすがしい気持ちで帰っていただけるように。








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邪悪な気持ちに、一人操体

邪悪な気持ちに支配されることがある。
恨みや憎しみ、
ひとくくりにすると、要するに、怒りの感情である。

宗教の人たちは、怒りの感情を消すために、
瞑想や座禅、祈りをすすめる。

しかし、無宗教で、血液型O型で、おおざっぱで飽きっぽい性格である僕には、
瞑想や座禅や祈りは、あまりにストイックすぎる。

これは、僕にかぎった話ではないだろう。

ざわめく心を静めようと、目を閉じて瞑想を試みてみたものの、
怒りのもととなった情景がまぶたの裏によみがえり、よみがえり、
座禅の姿のまま怒りの塊になってしまい、
「やっぱり自分には瞑想など無理だ!」
とあきらめた経験のある人は、多いのではないだろうか。

僕もそのクチである。

現在の僕は、
邪悪な気持ちがきざしたり、怒りの感情に支配されてしまったりすると、すぐに、きまって、
一人操体をする。

一人操体をすれば、
大きな伸びがでて、
全身が気持ちよくゆるんで、
「ふぁ〜〜〜。ふぁ〜〜〜」とアホみたいにあくびを連発している間に、
邪悪な気持ちはどこかへ去っている。








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プロフィール

操体レクリエーション 奥原剛 

Author:操体レクリエーション 奥原剛 
東京都台東区の根津で「操体法」の施術・講習をしています。
「操体レクリエーション」
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